
ナイアガラの滝から少し足をのばすと、クイーンズトン・ハイツという静かな高台があります。
ここは、花時計やナイアガラ川沿いのドライブと合わせて立ち寄りやすい場所ですが、実はカナダの歴史を語るうえでとても大切な場所でもあります。
大きく目立つのは、アイザック・ブロック将軍を記念するブロック記念碑。でも、その近くにもうひとつ、ぜひ足を止めてほしい記念碑があります。

それが、ローラ・セコードの記念碑です。
ローラ・セコードと聞くと、カナダに住んでいる方ならチョコレートのお店を思い浮かべるかもしれません。でも、彼女はもともと、1812年戦争の時代に危険を覚悟して情報を伝え、カナダ側の勝利につながる大きな役割を果たした女性として知られています。

今回は、クイーンズトン・ハイツの人気観光スポットシリーズとして、ローラ・セコードの物語を、当時の背景も含めてサラッと読めるようにまとめてみます。
目次
クイーンズトン・ハイツは、ただの展望スポットではない
クイーンズトン・ハイツは、ナイアガラ川を見下ろす高台にある歴史ある公園です。
現在はきれいに整備された公園で、散歩やピクニックにも向いています。春から秋にかけては緑が美しく、ナイアガラ方面の観光途中に少し休憩するにも気持ちのよい場所です。
ただ、この場所は1812年戦争の重要な戦場でもありました。パークス・カナダによると、クイーンズトン・ハイツはBattle of Queenston Heightsの舞台であり、現在もブロック記念碑を中心に当時の記憶を伝える国定史跡として位置づけられています。ブロック将軍の記念塔は高さ57.9m、約190フィートとされ、遠くからでも目に入る存在です。
観光で訪れると、まず景色のよさに目がいきます。ナイアガラ川、対岸のアメリカ側、木々に囲まれた高台。けれど少し立ち止まってみると、ここはただ景色を楽しむだけの場所ではなく、カナダがまだ現在の形になる前の、緊張感のある時代を感じられる場所でもあります。
ローラ・セコードとはどんな女性だったのか

チョコレートより先に知っておきたい名前
カナダに暮らしていると、ローラ・セコードという名前をチョコレートショップで見ることがあります。
そのため、最初はお菓子のブランド名だと思う方も多いかもしれません。私も最初にカナダでこの名前を見たとき、歴史上の人物というより、かわいいチョコレート屋さんの名前として覚えていました。
でも実際には、ローラ・セコードは1812年戦争に関わった実在の女性です。カナダ政府の資料でも、彼女は1812年戦争の女性英雄として紹介され、当時は大きく知られなかったものの、のちにカナダの愛国的な象徴のひとりになったと説明されています。
この、あとから評価されたというところが、また人間らしい気がします。
戦場で剣を持って戦ったわけではありません。政治家でも軍人でもありません。普通の家庭を持つ女性が、自分にできることを考えて、危険な道を歩いた。その行動が、のちにカナダ史の中で大きな意味を持つようになりました。
1812年戦争の時代背景
ローラ・セコードの物語を知るには、1812年戦争の背景を少しだけ知っておくとわかりやすくなります。
当時のカナダは、まだ今のカナダではなく、英領北アメリカと呼ばれる地域でした。1812年にアメリカとイギリスの間で戦争が始まり、現在のオンタリオ州南部、特にナイアガラ周辺は国境に近い重要な場所でした。
ナイアガラ川を挟んで、こちら側は英領、向こう側はアメリカ。今でこそ観光で橋を渡ったり、川沿いの景色を楽しんだりする場所ですが、当時はまさに緊張の最前線でした。
クイーンズトンもそのひとつです。ローラと夫のジェームズ・セコードが暮らしていた地域は、戦争の影響を直接受ける場所でした。
32kmを歩いた、ローラ・セコードの有名な行動
きっかけは、アメリカ軍の作戦を知ったこと
1813年、アメリカ軍がナイアガラ地域を占領していた時期に、ローラ・セコードはアメリカ側の攻撃計画を知ったとされています。
ナイアガラ・パークスの紹介では、ローラ・セコードの家は1803年から1835年まで彼女が暮らした場所であり、そこが彼女の32kmの旅の出発点だったと説明されています。彼女はアメリカ軍の奇襲計画をイギリス側に知らせるため、クイーンズトンからDecew House方面へ向かったとされています。
32kmというと、トロントの感覚で考えるなら、ダウンタウンから郊外までかなりしっかり移動する距離です。
しかも、現代のように舗装された歩道を歩いたわけではありません。敵に見つかる危険があり、道も今のように整っていない時代。季節は6月で、暑さもあったはずです。
観光地の説明板で32kmと読むと、つい数字として流してしまいそうになります。でも、自分の足でその距離を歩くと考えると、一気に現実味が出てきます。
ひとりの勇気と、先住民の戦士たちの力
ローラ・セコードの物語は、よく女性がひとりで危険な道を歩いた英雄譚として語られます。
もちろん、その勇気は大きなものです。
ただ、ここで覚えておきたいのは、その後の勝利はローラひとりだけで成し遂げられたものではないということです。
ビーバーダムの戦いについて、カナダの史跡情報では、ローラ・セコードと先住民の斥候からの情報を受け、CaughnawagaやGrand Riverのイロコイ系の戦士たちがアメリカ軍を破ったこと、そしてこの敗北によりアメリカ軍は1813年の残りの期間、ナイアガラ地域での主導権を失ったと説明されています。
つまり、ローラの行動はきっかけでした。
彼女が情報を届けたこと。その情報を受けて動いた人々がいたこと。そして実際に戦った先住民の戦士たちがいたこと。いくつもの行動が重なって、歴史の流れが変わっていったのです。
ここを知ると、ローラ・セコードの物語は単なる昔の美談ではなく、当時のナイアガラ地域に生きていた人々の複雑な関係まで見えてきます。
クイーンズトン・ハイツのローラ・セコード記念碑

Brock’s Monumentの近くにある、静かな記念碑
クイーンズトン・ハイツで有名なのは、やはりブロック記念碑です。
高さのある塔なので、どうしてもそちらに目がいきます。でも、ローラ・セコードの記念碑は、その近くに静かに立っています。
Friends of Laura Secordの案内では、ローラ・セコード記念碑はクイーンズトン・ハイツパーク内、ブロック記念碑の東側にあると紹介されています。記念碑には晩年のローラの姿を表したレリーフがあり、彼女の歴史的な歩みと、クイーンズトン・ハイツで負傷した夫を助けたことを記念する内容が刻まれています。
実際に行ってみると、華やかな観光スポットというより、少し静かに向き合う場所という印象です。
大きく目立つブロック将軍の記念塔のそばに、ローラの記念碑がある。その対比も面白いところです。戦争の歴史は、どうしても将軍や兵士の名前が中心になりがちですが、そのすぐそばに、家庭の中から行動を起こした女性の記憶が残されている。
この並びを見るだけでも、クイーンズトン・ハイツという場所の奥行きが少し感じられます。
女性の物語が、あとから見直された意味
ローラ・セコードは、生きている間から大きな名誉を受け続けた人物ではありません。
カナダ政府の資料によると、彼女の行動は当時すぐに大きく記録されたわけではなく、のちに女性の貢献を見直そうとする流れの中で広く知られるようになったとされています。
この点も、今読むととても考えさせられます。
歴史は、誰が記録するかによって見え方が変わります。戦った人の名前は残りやすいけれど、情報を伝えた人、看病した人、生活を守った人の名前は、時代の中で埋もれてしまうこともあります。
ローラ・セコードの記念碑は、そうした見えにくかった貢献に光を当てる場所でもあるのだと思います。
観光としてどう楽しむとよいか
ナイアガラ観光に少し歴史を足せる場所
ナイアガラ観光というと、滝、ワイナリー、ナイアガラ・オン・ザ・レイクが定番です。
そこにクイーンズトン・ハイツを入れると、旅の印象が少し変わります。
滝の迫力を楽しむ日もいいし、ワイナリーでゆっくりするのも楽しい。でも、ナイアガラ川沿いの道を走りながら、このあたりがかつて国境の緊張があった場所だと知ると、景色がただのきれいな風景ではなくなります。
ローラ・セコードの記念碑は、歴史に詳しくない人でも立ち寄りやすい場所です。長時間かけて博物館を見学するというより、散歩の中でふと立ち止まる感じが合っています。
Laura Secord Homesteadと合わせると、物語がつながる

時間があれば、クイーンズトン村にあるローラ・セコード・ホームステッドと合わせて訪れるのもおすすめです。
ナイアガラ・パークスによると、ローラ・セコード・ホームステッドは季節営業で、ガイドツアーも行われている施設です。所要時間の目安は約45分と紹介されていますが、営業時間や開館時期は変わることがあるため、行く前には公式情報を確認するのが安心です。
記念碑だけを見ると、歴史上の人物としてのローラが少し遠く感じるかもしれません。
でも、彼女が暮らした家を見ると、急に生活感が出てきます。家族がいて、台所があって、日々の暮らしがあった。その中から、32kmを歩く決断が生まれたと考えると、物語がぐっと近くなります。
まとめ
クイーンズトン・ハイツは、ナイアガラ観光の途中に立ち寄れる美しい高台です。
でも、そこにあるローラ・セコードの記念碑を知ると、この場所は単なる展望スポットではなくなります。
1812年戦争という時代。アメリカとの国境に近いナイアガラ地域。危険を承知で情報を届けた女性。そして、その情報を受けて動いたイギリス側と先住民の戦士たち。ローラ・セコードの物語は、ドラマチックでありながら、どこか素朴です。
特別な力を持った人ではなく、普通の暮らしの中にいた人が、目の前の状況に対して行動した。その勇気が、あとから歴史として語られるようになりました。
ナイアガラの滝を見たあと、少し静かな場所でカナダの歴史に触れたい方には、クイーンズトン・ハイツはとてもよい寄り道になると思います。
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